手術当日。検査日以上にどきどきしながら、男は東京の病院へと向かった。
今日手術を受けるのは、検査した時とは異なる建物だ。
中へ入ると、こちらは本当に「病院」という感じ。
あちらが「検査室」的な感じだったので、大きく違う雰囲気にちょっと戸惑う。
働いている人も、向こうを「事務員」とすればこちらは「看護士」だろうか。
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まずは軽く前検査を行う。以前の検査結果と比較するのだろう。
次にカウンセリング。
手術内容、使う薬、手術後の生活等につき説明を受ける。
点眼薬や保護用眼鏡等、今日以降必要となる品物を受け取り、ロッカーへしまえば準備完了である。
名前を呼ばれ、処置室へと案内される。
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フロアは途中から、クリーンルーム的な雰囲気へと変わっていった。
途中で靴をスリッパに履き替え、頭にはシャワーキャップを被る。
胸には大きな名札。これは患者取り違えの防止用だろう。
処置室で椅子に座り、まずは目薬を3種。事前説明のとおり、これには瞳孔の麻酔薬が入っているはずだ。
5分程待ち、麻酔が効いたところで手術室へと案内される。
もちろん眼の麻酔薬なので眠くなるようなことはない。
先のカウンセリングの際説明された内容によると、手術は2段階で行われるらしい。
- 眼の角膜を蓋のように丸く切る「フラップ作成」と呼ばれる処理
そのフラップを開けて(めくって)、中を削る処理
まずはその1、フラップの作成である。
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入った手術室は結構狭かった。
ベッドが1つでその上に機械。もちろん周囲には各種装置。
ベッドへ寝かせられ、頭の位置を合わせる。
ベッドが動き、機械の下へと入る。
ドクターが到着。
「今日の手術を担当する○○です。よろしく」と挨拶され、男の名前と両目処置である事を確認される。これまた患者取り違えの防止だろう。
部屋に入るまで「怖い……」「どきどきする……」とぐずぐず考えていた男だったが、さすがにここまでくると覚悟ができた。
「よし、くるなら来いっ!」
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右目から手術開始。
動かないようにだろう。眼の周りに枠のようなもの(よくわからない)が当てられ固定される。
麻酔の為か痛さは感じない。また「まばたきを我慢」とか考える必要もない。これまた麻酔がばっちり効いているからだ。
機械が降りてきて眼にセット。低い起動音とともに処置開始。
目の前で緑と赤の光がチカチカする。裸眼の為視界はぼんやりとしている。
今光を見ているのが右目なのか左目なのかもさえはっきりとはわからない。
処理されている眼自体は、痛くはない。
痛くはないが、引っ張られる(中から押し出される)ような感じがする。またちょい「ちくちく」する。
正直、気持ちは良くなかった。
自分ではどうにもできない体の中(と言っていいと思う)を弄られている、という不快感もあった。
ドクターが小さい声で「大丈夫ですよ~上手く言ってますよ~」と言っているのが聞こえてくる。
もちろん患者を安心させる為なのだろう。事実、男はこの声でかなり安心できたのだ。
助手の人(?)が「あと○秒です…あと○秒です…」と言ってくれるのも有難かった。
機械起動から1分弱で手術は終了となった。
そう、たった1分だった。処理時間は驚くほど短かった。
だが短いとはいえ、機械が外され、眼から枠が取られた時に男が心底ほっとしたのもまた事実だった。
次は左目。
処理は同様だが、右目が処置後なので視界は更にぼんやりとなる。
両目が終了して、ステップ1は完了だ。
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ベッドが動き、機械の下から出る。
促され、ベッドから降り、隣の手術室へと移動する。もちろん自分の足で歩くのだ。
視界はぼんやりとしたままだったが、歩くのに特に困難はなかった。
次はステップ2、「削る」処理である。
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まずはまた右目から。
ベッドに寝かされた後、眼の周りに枠とか機械のセットとかは前回同様だった。
機械が起動して緑と赤の光がチカチカするのも似た感じだが、違ったのは、バシバシ言う音とちょっぴり焦げ臭い匂いだった。
こちらもさほど痛くは無いが、気持ちが悪いのは一緒だった。
更に、さっきより強く、ちくちくとした感じがする。
「何故ちくちくするのか?」「何故焦げ臭いのか?」についてはあまり考えないようにした。今は想像力を逞しくするべきではないと考えたからだ。
ドクターが小さい声で「大丈夫ですよ~上手く言ってますよ~」と言ってくれるのは前回同様。
助手の「あと○%です…あと○%です…」も同じ。
「なぜこちらは秒じゃなくて%なのだろう?」
自らの気を散らすために男はどうでもいいことを考えていた。
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実際の処理時間は30秒くらいだったろうか。先ほどに増して早い手術だった。
パコっと音を立てて目から機械が外れた時、男はふぅと大きく息を吐いた。
そして、そこから先は良く判らないのだが、
・眼の表面にざばざば液体をかけて洗われて、
・なにか黄色いものが来て、
・(多分)めくられていたフラップをぺろりと戻されて、
・ハケみたいなので均されて、
・周囲をちょいちょい押さえられたら、
……急に右目の視界がはっきりとした。
男は驚いた。「なんだなんだ、もう見えるようになっちゃったのか?!」
その後、左目にも同様の処置が行われた。時間も同じ実質30秒くらいである。
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全ての処置が終わり、先ほど同様にベッドが動き機械の下から出る。
ドクターに「はい起きてください」と言われて驚いた。
「うわっ、前が見える!」
手術前に裸眼にされ、ぼやっとしていた視界。
それが見事に「眼鏡を掛けている」に近い状態にまでになっていたのだ。
もちろんまだ眼を大きくは開けられないし、薬の影響か焦点も合い難い。
それでもいきなりここまではっきり見えてしまったのは衝撃的だった。
薄暗い休憩室に案内され、リクライニングチェアに座り、目を閉じて15分程休憩となる。
この時目は閉じるのだが、寝込んではいけないらしい。
寝ると涙の量が減り、まぶたと擦れて今処置したフラップがはがれる可能性があるそうなのだ。
休憩の後、ゆっくりと眼をあける。
男は再度驚愕した。
「うわ~!凄い、見える見える!」
眼は、手術直後に比べ更によく見えるようになっていた。
最後にドクターによる診断。
「手術成功、結果良好」と言われ、男は胸をなでおろした。
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