とある日の会社帰り。男はジムの駐車場で車を降りた。
郊外にあるこのジムには、当然のように広大な駐車場が用意されている。
地方の一都市では、どんな商売だろうと相応の駐車場を持たなければ客は集まらないのだ。
受付で「見学をしたいのですが」と伝えると、スタッフの女性が案内をしてくれた。
説明をうけながら広いフロアを見て回る。
何に使うか見当も付かないトレーニングマシンが数十台。
そこで大勢の人が賢明に汗をかいている。
ガラスの向こう側のフロアでは、エアロビクスのレッスンの真っ最中。
こちらも大勢の人が(ガラス越しで音は聞こえないが)曲に合わせて踊っている。
どうやらこのジムは会員の平均年齢が高いようだ。
10代はほぼゼロで20代後半から40代が多い。中には60代と思われる方々もちらほら。
これはそこそこの会費のせいだろうか?それとも他のジムでも似たような感じなのだろうか。
「ともあれ、運動するのに年齢は関係ないのだな」と男は思う。
促され、ロッカールームからプールとジャグジーも見学する。
別途用意されている風呂はクアハウス並みの大きさがあった。
どうやら施設・設備的には充分のようだ。会社からも近く、自宅からもそう遠くない。
「後は己の意識だけか……」
男はその場で入会の手続きを行った。
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諸々の手続きが終わった数日後、会社帰りに男はジムへと立ち寄った。
入り口でスタッフのにこやかな笑顔に迎えられ、ロッカールームで着替えを行う。
服装は、半袖短パンのいわゆるトレーニングウエア。
メッシュ素材の「汗をかいてもすぐ乾く」タイプの上下である。
これは見学の時、他の人がどんなものを着て運動しているのかを観察し、似たものを近くのスポーツ店で購入してきたのだ。
シューズはジョギング用のもの。
高いエアロビクス用も売っていたのだが、とりあえず汎用性の高そうなものを選んでみた。
「よし!」
スポーツタオルをポンと肩に乗せ、男はフロアへと出た。
「さて、まずはどうしたものか?」
男は首をひねった。
ともかくトレーニングマシンや施設の使い方を覚えなければならない。
さすがに見学の時には使い方までは教えてもらってはいないのだ。
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幸いな事にこのジムには「初心者講習」というメニューがあった。
これは、トレーナーが一つ一つのマシンの使い方を教えてくれるというレッスンである。
スタッフに引率され、何人かの同じような新会員と共に改めて施設を見て回る。
まずは筋力トレーニング系のマシン。
マシンにはそれぞれ使い方と鍛えられる部位が書かれたプレートが掛けられている。
スタッフが試しながら説明してくれる。
- それぞれのマシンは、身長等により設定を変える必要があること。
ウエイト(オモリ)を変える事で体に掛かる負荷を変えられること。
正しい姿勢で行わないと有効な運動にはならないこと。
重要なのは負荷とフォームで、回数だけをこなしてもあまり意味は無いこと。
マシンの使い方はさほど難しくないが、持つ意味は複雑そうだった。
プレートに書いてある鍛えられる筋肉の部位に至ってはなにがなにやらまったく見当もつかない。これもおいおい勉強しなければならないだろう。
トレーニングマシン群の近くには仕切られたエリアがあり、脇にダンベルやバーベルが山ほど置かれていた。
こちらは「フリーウエイトエリア」と呼ばれるらしい。
決まった動きをするマシンとは異なり、自分で鍛える方法を考えなければならないようだ。
この場所でダンベルを上下させている男たちは、皆筋肉隆々であった。
黙々と己の体を鍛える男たち。飛び散る汗に周囲の空気まで他とは違うように感じられる。
「この辺りにはしばらく縁はなさそうだな…」男はそう考えた。
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筋トレ以外には、大きく分けて3種類のマシンがあった。
- 自転車様のもの
動くベルトの上で走るもの
足をセットしたペダルが上下するもの
これらマシンの設定は比較的単純で基本的にポジション調整だけ、負荷調整はオモリではなくスイッチで選べば良い。
そして、これらのマシンには1台1台に液晶TVが付いていた。
「これはありがたい」と男は思った。
この手の運動は長時間行わないと意味が無いらしいと聞いていたからだ。
自転車を漕ぐのは嫌いではないが、長続きできるかどうかとなると話は別だ。TVが付いていれば少なくとも飽きる事はないだろう。
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