次回のジム通い。
決意した男はスタジオへと足を進めた。
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このジムのスタジオで行われる各種レッスン(クラス)は前もってスケジュールが公開されており、その時間にスタジオに行くだけで自由に参加する事ができる。
そして男が初めてのエアロビクスに選んだのは、その名のとおり「初めてエアロビに参加する人のためのクラス」だった。
初めてのレッスン、男は緊張を隠せなかった。
準備運動するふりをしながら、周囲を観察してみる。
スタジオ内部の壁の一面は鏡張り。
TVでよく見るバレエのスタジオそのままである。
正面では、レオタード姿のインストラクターがなにやら準備中。
周囲には他の参加者。人数は十数人と結構多い。
「初めての……」のせいか男性の姿もちらりほらり。
男同様緊張を隠せない風に見えたのは考えすぎだろうか。
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時間となり、レッスンが始まった。
インストラクターの指示のもと、スタジオに広がった参加者が音楽に合わせて動き始める。
足踏みから深呼吸。
そしていよいよエアロビクスのステップへと移っていく。
「初めてのエアロビ」というだけあって、ここは「踊り」というより、動き続けながら基本的なステップを学ぶ事を主にしているようだった。
音楽はアップテンポだが、動作はあくまでもゆっくりと行われる。
脚の動き、手の動き。
インストラクターが見本を示しながら、一つ一つのステップの動きと名前を丁寧に教えてくれる。
運動神経の無さには自信のある男だったが、このくらいのゆっくりとした動きになら付いていくことができるだろう。
いや、できるはずだった。
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確かに動きはゆっくりで単純だった。
だが、その動きは体全体を使う物だったのだ。
手を動かすと脚がおろそかになった。
脚を気にしていると音楽に乗り遅れた。
右へ左へ。前へ後ろへ。
ステップタッチ、トゥタッチ、グレープバイン。
「そうか、エアロビは体だけじゃなく頭も使うのか……」
左右を間違え、隣の人にぶつかりそうになりながら、男は頭の隅でううむと呻いていた。
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1レッスンの45分はあっという間に過ぎ去った。
終了の挨拶を終えたとき、男は自分がかいた汗の量に驚いた。
ウエアはもちろん、持っていたタオルまでびっしょりに濡れていたからだ。
これはエアロバイクなどとは比べ物にならない。レッスン中は一生懸命で気づかなかったがおそるべき運動量だ。
いまだに垂れてくる汗を首筋に感じながら風呂へと向かう途中、男はインストラクターが最初に話していた「レッスン中はとにかく水分を沢山とって下さい!」の言葉をかみ締めていた。
結果的にだが、男が最も危惧していた「恥ずかしいじゃないか」についてはまったくの杞憂であった。
このクラスは生徒が皆初心者。
参加者は男同様自分の事に精一杯で、他人を鑑みる余裕などまったく無かったのである。
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都合2回、男はこの「初めてエアロビ…」のレッスンを受けた。
無論それだけで踊れるようになったとは思わなかったが、それでもエアロビがどんなものであるのかはおぼろげながらに判ったような気がした。
数日後、男はどきどきしながら、一つ上の「エアロビクス・初級クラス」に足を踏み入れた。
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